今はもう無い築地場内市場。2015.12.10 早朝 病室にて撮影
誰からも見えないところで、わたしは深い感動の中にいた。
この入院中、わたしは毎朝――止血のため仰臥位安静だった日を除いてだが――ベッドのそばの大きな窓の前で夜が明けるのをわくわくしながら待っていた。淹れたてのコーヒーと音楽を用意して。
眼下に広がる鮮魚市場はまさにゴールデンタイム。活気にあふれた人々が行き交い、ターレや店の照明が明るくきらめく。その向こうに立ちはだかる都会のビル群のシルエット。さらにその向こうには刻々と色を変えるドラマチックな夜明けの空――。日が昇りきるまでのほんの30分ほど、壮大な舞台にわたしはすっかり心を奪われていた。それはこれまで味わったことのない贅沢な時間だった。
わたしは釣りが好きだ。魚や自然はたくさんのことを教えてくれた。
そして、《それまでと違う景色》を見せてくれるという点では、がんも釣りと同じようなところがあると思う。
人生に限りがあること、その素晴らしさ。人との出会い。
がんになって良かった、とは思わないが、がんにならなかったら知りえなかったこともたくさんある。命に限りがあると知ったとき、世の中のなにもかもがキラキラ輝いて見える。それはほんの数日だけでなく、ずっと続く。おそらくは一生続く。
メメント・モリ。人はいずれ必ず死ぬ、それを忘れるな。
同じ朝 ズーム撮影
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