どうなってんの? マントル細胞リンパ腫闘病記

2015年3月。脾臓の腫れから発覚した悪性リンパ腫。脾臓摘出・生検の結果、判明した病型はとりわけ手ごわいといわれ、 標準治療も定まっていないマントル細胞リンパ腫(MCL)だった…。 自覚症状のなさと医師のシビアすぎる診断とのギャップに頭の中はチンプンカンプン。いったい全体わたしの身体どうなってんの? MCLと闘う50代オバさんの記録です。

 

パンを踏んだむすめ


◆2015年9月10日(木)
本日より5日間、一時退院。荷物はすべて自宅に持って帰らねばならない。平日なので夫の迎えは不要と伝え、荷物はすべて院内コンビニから宅配便で家に送った。持って帰るのはPCと薬のみ。

電車を降り、地元の駅のスーパーに寄った。色とりどりの生鮮食品がまぶしい。もう立派なサイズの栗が出ている。栗ご飯は夫の大好物なので、ついレジカゴに。野菜や肉、豆腐などの加工品。色々買って帰った。

実を言うと、退院直前は手のしびれが悪化して、飲み薬をプラスチック包装から取り出すのが少し難儀になっていた。そんな状態で栗の皮を剥くのは無謀ではないか、と思われるかもしれないが、我が家には「栗くり坊主II」という栗専用皮むき器があるので問題なし。栗がゴロゴロ入った栗ご飯を食べて、夫もご満悦である。もうひとつ、どうしても作りたかったのが焼き餃子。さすがに皮までは手作りしなかったが、具を刻み、好みの味付けをして皮で包んで焼く。焼きたてのパリパリ最高!そして、先週末、夫が相模湾で釣ってきたメバチマグロでマグロ丼を。ウマイ!

f:id:ABOBA:20190825232908j:plain

そんな具合で一時退院の間せっせと料理をしていたら、再入院の前日にはなんと手のしびれが軽減しているではないか!知らないうちに料理でリハビリをしていたらしい。再入院後は、普通にプラ包装から薬を出せるようになっていた。もちろん個人差はあるし、薬や症状にもよるので、手作業で必ずしびれが軽減するとはいえないかもしれないが。少なくともしびれに関する経験則を得たことは、わたしにとって大きかった。自分の食い意地にはいろんな面で助けられている。

◆2015年9月15日(火)
再入院の日。荷物は前日宅配便で病院に送ったので、例によって手荷物はPCのみで家を出る。そして事件は起きた。

マンションのエントランスにあるほんの三段ほどの階段を降りようと一歩踏み出したとたん、わたしは膝下からすぅっと地面に吸い込まれるように落ちていった。
落ちていきながら脳裏に浮かんだのは、インゲルの姿だった。子供のころ繰り返し読んだアンデルセンの有名なトラウマ童話「パンを踏んだ娘」のインゲルだ。
自分のドレスを汚したくないとパンをぬかるみに落として飛び乗ったインゲル。その途端、パンはインゲルを乗せたまま沈み、深い沼の底へ。そして二度と浮かび上がることは無かった…。
インゲルのように絶望の沼の底へ落ちていったかと思われたむすめオバさんは、我に返ると地面にへたりこんでいた。近くにいた人が「大丈夫ですか!?」と駆け寄ってくれたが、PCは背中に背負っていたし、膝をちょっとすりむいたくらいで、幸いたいしたケガではなさそうだ。

f:id:ABOBA:20190826065928g:plain

沼の底ではなく、安全な病院に到着して確認すると、膝をすりむいてちょっと出血していた。ちょうど病室に来た看護師のT塚さんにケガを見せながら
「転んじゃいましたぁ」と悲しげに訴えると、
「あらあら、まぁまぁ。消毒してお薬つけましょうね」と言ってやさしく手当してくれた。えへへ。

このときのことは脳裏に浮かんだインゲルの姿とともに今でも鮮明に覚えている。自分の意思に反して、くずおれる形で転んだのは生まれてはじめてだった。これはきっと入院生活で運動量が減り、膝まわりの筋肉が痩せて身体を支えきれなかったのだ。1か月半入院しても、抗がん剤をたくさん使っても身体の衰えはないと過信していたが、やはりそれなりに弱っていたんだな、と思い知らされたのだった。

 

にほんブログ村 病気ブログ 悪性リンパ腫へ
にほんブログ村

PVアクセスランキング にほんブログ村