どうなってんの? マントル細胞リンパ腫闘病記

2015年3月。脾臓の腫れから発覚した悪性リンパ腫。脾臓摘出・生検の結果、判明した病型はとりわけ手ごわいといわれ、 標準治療も定まっていないマントル細胞リンパ腫(MCL)だった…。 自覚症状のなさと医師のシビアすぎる診断とのギャップに頭の中はチンプンカンプン。いったい全体わたしの身体どうなってんの? MCLと闘う50代オバさんの記録です。

 

病気に負けるな


わたしという人間は、良いくじも引くが悪いくじも引く。だいたいこの病院に入院して以来、ラッキーが続きすぎたのだ。

MCLは治癒が難しい病気だ。であれば、治療の目標は寛解を得て少しでも長く続けること。血液がんの薬は日進月歩なので、寛解が維持できれば良い薬が出てきて、さらに生きながらえる希望が持てる。実際、このときにはすでにBTK阻害薬のイブルチニブが米FDAで承認を受けており、日本でも2014年から再発MCLで治験が開始されていた。治療成績が良いことから、承認も確実だった(注:現在イブルチニブはすでに日本でも承認済みです

わたしが持っている本にはどれもたいてい「初発~2ndの治療後、寛解状態で自家移植をすると予後が良い」と書いてある。わたしは、この治療法を受けると決めてから、自家移植まではどうしてもやりたいと願っていた。そうして寛解を維持して、再発したときには承認されたイブルチニブを使えばいい。こっそりそんな作戦を立てていた。しかし、それは叶わないかもしれない。

夜。横にはなっても、とても眠れそうになかった。

実はその日の昼間、幹細胞採取から戻ってきたわたしにサプライズプレゼントが届いていた。

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それはこの夏甲子園からずっと応援してきた中京大中京高校野球部のキャッチャー・伊藤寛士選手(現・法政大学野球部)のサイン色紙だった。友人がツテを辿って届けてくれたものだ。包みを開けて思わず歓声をあげると、同室の人たちや看護師さんたちが寄ってきて
「よかったねぇ!」と一緒に喜んでくれた。背番号の#2(中京大中京高)と#9(侍ジャパンU18)が書いてある。超嬉しい!とはしゃいだのはほんの数時間前である。

ベッドに横になったまま、わたしは伊藤選手のサイン色紙をぼーっと眺めていた。そこには力強い文字で

「病気に負けるな」

と書かれている。ふとわたしは病気に負けるな、ってどういう意味だろう?と考えた。伊藤くんほどの選手なら、これまでにケガやスランプなどたくさん経験してきているだろう。力を尽くして戦い抜いた試合でも、敗れることはある。どんなにいい病院、優秀な医師のもとで治療を受けても、うまくいかないこともある。
でも「病気に負けない」とは、こちら側の心構えのことだ。それならやれることはあるじゃないか。病気と闘っているのはわたし自身なのだから。

わたしはやおら起き上がり、専門書とPCで、幹細胞が採れないのは何が問題なのか、どうすれば採れるのか調べはじめた。消灯時間が過ぎてライトをつけているのは同室の人たちに申し訳なかったが、今夜だけは大目に見てもらうしかない。そして深夜までかかっていくつかの解決法をみつけ、ノートにまとめた。

◆2015年10月2日(金)3コース/day16

幹細胞採取二日目。朝の回診でT先生に
「採取に関して質問があるのですが…」と申し出ると、
「そうだよね、色々聞きたいよね。わかりました、あとで採取室に行きますから、そのときにゆっくり話しましょう」と言ってくれた。

今日もI先生が採取に付き添ってくれる。採取室で準備が完了し、血液を機械に通しはじめたところでT先生がやってきた。わたしは早速昨夜ノートにまとめたいくつかの質問をぶつけてみた。T先生はすべてその場できっちりと答えてくれた。

  • エトポシド(VP16)大量導入療法はできないか(エトポシド単独を大量導入後に採取を行うと採れることがある)
    →すでに2、3コースで行ったCHASERはエトポシドを大量に使うレジメン。今採れないということは単剤でも難しいだろう

  • 昨日M先生の話にあったモゾビル(プレリキサフォル)という動員促進剤は使えないか。骨髄腫での治験は行われているが、リンパ腫では受けられないか。または自費で使用することはできないか。個人輸入で100万という情報を見たのだが。(注:現在プレリキサフォルはすでに日本でも承認されています
    →この病院ではこの薬の自費での使用は不可

  • 少ない量での移植を試みることはできないか(通常、移植には幹細胞が 2.0x106/kg 必要だが、 1.0x106/kg でも移植不全にならないというデータがある)
    →昨夜、まさにそれを移植科の先生方と話し合っていたところです!

 

T先生は泣きそうな顔で
「そんなことまで調べたの…。S口さんは患者の鑑ですね!」と、また褒めてくれて、急ぎ足で採取室を出て行った。T先生のことだから、おそらくM先生にしっかり話してくれるだろう。S口さんがこんな質問をしてきましたよ、と。わたしの本気はちゃんと伝わるだろう。

f:id:ABOBA:20190913023011g:plainホッとしてリクライニングチェアに深く身体を沈み込ませると、横で話を聞いていた看護師のT塚さんと技士さんが堰を切ったように
「すごい。どうやって調べたんですか!?」と訊いてきた。本とネットで、とあいまいに答えて笑っていると、T塚さんが
「自分のこと、ですもんね」しみじみとそう言った。まったくその通りだ。そして「病気に負けない」とは、きっとこういうことの積み重ねに違いない。

先生方は昨夜も遅くまで話し合ってくれていたらしい。そして、I先生は今日も結局お昼ごはん抜きで最後まで付き添ってくれた。本当にありがたいことだ。
さて、今日はどれくらい採れているのだろうか…。





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